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東京地方裁判所 平成10年(行ウ)59号 判決 1999年5月25日

原告

スキルムント・バーバラ

右訴訟代理人弁護士

北川鑑一

東澤靖

被告

右代表者法務大臣

陣内孝雄

右指定代理人

中垣内健治

安部憲一

久保鉄男

南須原正純

穴沢一夫

岡田実

清水英一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告の外国人教師(ドイツ語担当)である地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し平成一〇年四月一日から本判決の確定に至るまで毎月一七日限り一か月当たり金八一万九一三九円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告の設置に係る筑波大学の外国語センターの外国人教師(ドイツ語担当)として平成六年四月一日被告に雇われた原告が、以後毎年期間を一年とする雇用契約の更新を繰り返してきたところ、平成九年一一月二〇日江崎玲於奈筑波大学長(以下「江崎学長」という。)から雇用契約を更新しない旨の通知がされたことから、被告に対し、被告の外国人教師である地位の確認及び平成一〇年四月一日から本判決の確定に至るまで毎月一七日限り一か月当たり平均金八一万九一三九円(その算出の根拠は別紙<略>のとおりである。)の割合による賃金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実など

1  国家公務員法二条六項は「政府は、一般職又は特別職以外の勤務者を置いてその勤務に対し俸給、給料その他の給与を支払ってはならない。」と規定し、同条七項は「前項の規定は、政府又はその機関と外国人の間に、個人的基礎においてなされる勤務の契約には適用されない。」と規定し、この規定に基づいて設けられた人事院規則一-七第一項は「政府又はその機関は、法第二条第七項に規定する個人的基礎においてなされる勤務の契約による場合は、日本の国籍を有しないものを雇用することができる。」と規定し、同第二項は「前項の契約は、当該職の職務がその資格要件に適合する者を日本の国籍を有する者の中から得ることがきわめて困難若しくは不可能な性質のものと認められる場合、又は当該職に充てられる者に必要な資格要件がそれに適合する者を日本の国籍を有する者の中から得ることがきわめて困難若しくは不可能な特殊且つ異例の性質のものと認められる場合に限り、政府又はその機関と日本の国籍を有しない者との間において締結することができる。」と規定し、同第三項は「第一項の契約には、服務に関し日本政府に対する忠誠の宣誓を求めることを定めてはならない。」と規定し、同第四項は「日本の国籍を有しない者を雇用しようとするときは、その者が自国の法令の定により、その雇用によってその国籍を失うこととなるかどうかを自らの責任において明らかにしなければならないことを、あらかじめ文書をもってその者に注意しなければならない。日本の国籍と外国の国籍をあわせ有する者を官職に任命しようとするときにおいてもまた同様とする。」と規定している。

2  国立学校設置法施行規則三〇条の三第一項は「国立大学又は国立短期大学の学長は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第二条第七項に規定する勤務の契約により、外国人を教授又は研究に従事させることができる。」と規定し、同条二項は「前項の規定の実施に関し必要な事項については、別に文部大臣が定める。」と規定しており、これを受けて文部事務次官が昭和四四年四月一六日各国立大学長あてに発した通知(昭和四四年四月一六日文大庶第二五一号)によれば、国立大学及び国立高等専門学校(以下「国立大学等」という。)において外国語科目又は専門教育科目を担当させるにたる高度の専門的学識又は技能を有する外国人で、国立大学等が常勤の教師として雇用する者を外国人教師とし(同通知一項)、外国人教師には俸給、調整手当、期末手当及び勤勉手当、通勤手当並びに寒冷地手当を支給し(同通知二項)、外国人教師との雇用契約の期間は一年を超えないものとし、会計年度の途中で契約する場合はその終期を当該年度の末日とし、この雇用契約は必要に応じて更新することができるが、国外から招へいする場合の招へい期間は旅費の支給の関係から原則として二年とし(同通知三条)、招へい期間の満了後は相互の協議により招へい期間を更新することができる(同通知の参考例の4)などとされている(<証拠略>)。

3  江崎学長は、国立学校設置法施行規則三〇条の三第一項に基づいて、原告を筑波大学の外国教師として招へいすることにし、原告に対し次の内容を記載した平成六年三月一一日付けの書面を送付した(<証拠略>)。

(一) 所属

外国語センター

(二) 招へい期間

平成六年四月一日から平成八年三月三一日まで

(三) 担当科目及び週当り担当時間数

平成六年度は次のとおり予定しています。

〔外国語センター〕

*一般語学ドイツ語 週一二・〇時間

計 週一二・〇時間

(四) 給与及び手当

俸給月額四七万六〇〇〇円及び筑波研究学園都市移転手当四万七六〇〇円を毎月所定の日に支給します。さらに、日本人教員の例に準じて夏・冬のボーナスを支給します。

(五) 住居

電気・ガス・水道完備の住居を日本政府の定めた適正な価格で提供します。使用料は自己負担とします。

(六) ビザ

教授用の在留資格を取得して下さい。

(七) 旅費

(1) 貴殿の現住所から本学までの赴任旅費を支給します。なお、移転料については、支給を証明する書類(領収書)に基づいて、定額の限度内で支給します。

(2) 赴任に際し扶養家族を同伴される場合は、旅費を支給します。

(3) 二年(二四か月)以上勤務し、契約期間満了後三か月以内に本邦を離れる場合には、帰国旅費を支給します。

4  原告は右3の招へいに応じて外国語センターに所属する外国人教師になることにし、原告と江崎学長(筑波大学長)は、同月二九日、次の内容の契約(以下「本件一回目の契約」という。)を締結した(<証拠略>)。

(一) 第一条

筑波大学長は原告を筑波大学の外国人教師として平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで雇用する。原告は一般語学ドイツ語を担当するものとする。

(二) 第二条

給与は俸給四七万六〇〇〇円及び筑波研究学園都市移転手当四万七六〇〇円を毎月所定の日に支給する。なお、雇用期間が月の中途において始まり、または終わったときは、勤務の日数に応じて日割計算で給与を支給する。

上記のほか、一般職の職員の給与等に関する法律の例に準じて期末手当、勤勉手当及び通勤手当を支給する。

(三) 第三条

筑波大学長は原告に対し、別に定めるところにより、赴任のための所定の旅費を支給する。日本滞在中の健康保険等の費用は原告自身の負担とする。

(四) 第四条

筑波大学長は大学の宿泊施設またはこれに準じる住居を用意し、原告に提供する。これに対し原告は所定の使用料又は賃料を管理者に対して支払う。

同施設又は住居に設備された電気、ガス、水道の費用は原告の負担とする。

原告の故意又は過失により施設等を損傷したときは、賠償責任を負うものとする。

(五) 第五条

原告は大学の諸規則に従って服務するものとする。ただし、授業時間は週平均一二時間を超えないものとする。

原告は上記の諸規則に従うほか筑波大学長の指示に従うものとするが、原告は筑波大学長に対して授業等に関して意見を述べることができる。

(六) 第六条

原告の休日、休暇の取扱いについては、日本人教員の例に準ずるものとする。

(七) 第七条

原告が第五条の諸規則又は筑波大学長の指示に違反した場合には、筑波大学長は本契約を解除する。

(八) 第八条

病気により原告が本契約の義務を履行できない場合、

(1) 引き続き九〇日を越えて勤務しないときは、九〇日の翌日からの給与その他の諸手当を半減する。

(2) 引き続き一八〇日を超えて勤務しないときは、筑波大学長は本契約を解除することができる。

(九) 第九条

一方当事者の都合により本契約を解約する場合には、解約する当事者は、相手方に対してその解約の日より少なくとも三〇日前に文書によりその通知を行うものとする。

(一〇) 第一〇条

この契約に関する紛争は日本国法によって解決されるものとする。

本契約に定めのない事項に関しては、当事者の協議により信義誠実に処理するものとする。

万一、紛争が裁判にかけられる場合には、東京地方裁判所にその管轄権があるものとする。

(一一) 第一一条

本契約は英文と和文でそれぞれ二通を作成し、各一通を各当事者が所持するが、和文の契約書を正本とする。

5  原告と江崎学長は、平成七年三月三一日、本件一回目の契約のうち、第一条の雇用期間を「平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで」と、第二条の俸給及び筑波研究学園都市移転手当をそれぞれ「四八万二〇〇〇円」及び「四万八二〇〇円」と、第三条を「筑波大学長は原告に対し、引き続き二年以上勤務し、かつ、本契約の雇用期間が満了した場合で、契約期間満了後三月以内に本邦を出発する場合には、帰国旅費を支給する。日本滞在中の健康保険等の費用は原告自身の負担とする。」と、それぞれ改めた外は、本件一回目の契約と同じ内容の契約(以下「本件二回目の契約」という。)を締結した(<証拠略>)。

6  江崎学長は、本件二回目の契約を締結した後に、原告の招へい期間をさらに二年間延長することにし、その旨を原告に申し入れ、原告はこれに応じることにした(争いがない。)。

7  原告と江崎学長は、平成八年三月一日、本件二回目の契約のうち、第一条の雇用期間を「平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで」と、第二条の俸給及び筑波研究学園都市移転手当をそれぞれ「四八万六〇〇〇円」及び「四万八六〇〇円」と、第三条を「筑波大学長は原告に対し、引き続き二年以上勤務し、かつ、本契約の雇用期間が満了した場合で、契約期間満了後三月以内に本邦を出発する場合には、帰国旅費を支給する。筑波大学長は原告に対し、原告が非違によることなく、三年以上勤務して退職する場合には、傭外国人教師退職手当支給要綱(文部大臣裁定)に基づき退職手当を支給する。日本滞在中の健康保険等の費用は原告自身の負担とする。」と、それぞれ改めた外は、本件二回目の契約と同じ内容の契約(以下「本件三回目の契約」という。)を締結した(<証拠略>)。

8  原告と江崎学長は、平成九年三月二八日、本件三回目の契約のうち、第一条の雇用期間を「平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日まで」と、第二条の俸給を「四九万二〇〇〇円」と、それぞれ改め、第二条の「筑波研究学園都市移転手当」を削除した外は、本件三回目の契約と同じ内容の契約(以下「本件四回目の契約」という。)を締結し、同年四月一日、本件四回目の契約の第二条を「給与は俸給四九万二〇〇〇円及び研究員調整手当四万九二〇〇円を毎月所定の日に支給する。なお、雇用期間が月の中途において始まり、または終わったときは、勤務の日数に応じて日割計算で給与を支給する。上記のほか、一般職の職員の給与に関する法律の例に準じて期末手当、勤勉手当及び通勤手当を支給する。」と改める更改契約を締結した(<証拠略>)。

9  江崎学長は平成九年一一月二〇日付けで原告代理人らに対し本件四回目の契約を更新しないことを通知した(以下「本件通知」という。)(争いがない。)。

10  本件四回目の契約に係る雇用期間の終期である平成一〇年三月三一日は経過した(当裁判所に顕著である。)。

三  当事者の主張

1  江崎学長が原告との間で締結した雇用契約には解雇権の濫用法理が適用又は類推適用されるか。

(一) 原告の主張

(1) 江崎学長が原告をドイツ語担当の外国人教師として雇用するという契約は、当初契約期間を一年として締結され、その後三回にわたり契約期間を一年として更新が繰り返されているが、原告の招へい期間は二年であること、原告の雇用を継続するかどうかの審査は二年ごとに行われていたこと、被告も江崎学長が原告を外国人教員として雇用するという契約の契約期間が実質的には二年であり、会計法上の制約から一年ごとに契約を締結していることを認めていることからすれば、江崎学長が原告を外国人教師として雇用するという契約の契約期間は二年であるというべきであるところ、このような契約は労働基準法(以下「労基法」という。)一四条に違反しており、同法一三条により一年を超える部分は無効となり、期間は一年に短縮され、短縮された一年の契約期間の経過後も労働契約が継続している場合には民法六二九条一項により期間の定めがない契約として継続していることになる。

したがって、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は二年目以降は期間の定めのない契約となっており、解雇権の濫用法理が適用される。

(2) 筑波大学に勤務する外国人教師が筑波大学長との間で締結する雇用契約は右(1)のとおり期限付契約という契約形態しか採られていないわけであるが、外国人教師がそのことを理由にいかなる理由での雇止めも甘受しなければならないとすると、それは日本人教員との間で到底合理化できないような深刻な雇用上の地位についての差別と評価せざるを得ない。このことは、雇止めに当たって筑波大学長に男女差別や人種差別などおよそ公序良俗に反することが明らかな意図や理由があっても、期限付契約であるということを理由にその意図や理由は全く司法審査を免れてしまうという不当な結果を招来することからも明らかである。したがって、筑波大学に勤務する外国人教師が筑波大学長との間で締結する雇用契約が期限付契約に限られていることは労基法三条で禁止された国籍に基づく労働条件の差別に該当し、そのような差別をもたらす雇用形態においてしか外国人教師の雇用を認めないことの結果としての期限付の雇用契約それ自体が民法九〇条の公序良俗に違反して無効なものとなり、労基法九三条、労働組合法一六条の類推適用により原告に対しては期間の定めのない契約の下にある他の教員に一般的に適用される法理、すなわち解雇権の濫用法理が適用される。

以上によれば、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は当初から期間の定めのない契約であり、解雇権の濫用法理が適用される。

(3) 最高裁昭和四九年七月二二日第一小法廷判決(民集二八巻五号九二七ページ)は、期間の定めのある労働契約においても一定の場合に解雇に関する法理が類推適用されることを肯定している。

本件においては、<1>原告はドイツ語を担当する外国人教師であり、その服務においては期間の定めのない日本人教員と同様のものとして扱われており、給与も期間の定めのない日本人教員と同様に契約期間の途中で人事院勧告がされればこれに伴い改定される。<2>筑波大学の外国語センター長であった洲崎恵三(以下「洲崎」という。)は原告の採用に当たって原告に対し「ドイツ語の外国人教師が短期間で辞めてしまうので、長くやってくれる人が欲しかった。」、「筑波大学は東京大学などよりも定年が長く六三歳まで働ける。」、「筑波の環境はとてもよく、子どもの教育環境にも恵まれており、家族全員で来て欲しい。」と言っており、右は原告に長期の雇用を期待させる言動である。<3>各年の契約手続は形式的なものにすぎず、被告の主張によっても契約の期間は実質二年間であり、会計法上の理由により一年ごとに契約書が作成されているにすぎない。二年という期間も更新限度という性格のものではなく、原告も二年間を超えて雇用が継続されている。<4>雇用更新の運用においても、期間の経過ごとに雇止めを行っているという実態はなく、筑波大学においては外国人教師の雇用契約の更新は外国語センター運営委員会に更新の案件が提出され、特段の理由がない限りそのまま契約が更新されるのが通例であった。被告は後記のとおり筑波大学に勤務する外国人教師の雇用更新を厳格に行っていたと主張するが、筑波大学に勤務する外国人教師は更新の条件すら知らされていなかったのであり、果たして右の主張のとおり外国人教師の雇用更新を厳格に行っていたことは大いに疑わしいといわざるを得ない。なお、外国人教師の在職年数が短いのは、他の大学に職を得たり家族の都合で日本を離れざるを得ないなどの自己都合による。

以上の<1>ないし<4>の各事情によれば、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約についても解雇に関する法理が類推適用されるべきである。

(二) 被告の主張

(1) 原告の招へい期間は平成六年四月一日から平成八年三月三一日までの二年間であり、その後の雇用更新期間は同年四月一日から平成一〇年三月三一日までであるが、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は会計法に従い会計年度ごとに締結しており、雇用更新の審査は二年ごとに行っていた。労働基準法一四条の趣旨は労働者が長期にわたって不当に拘束されることを防止することにあり、一年を超える期間を定めた労働契約であっても一年経過後の期間は身分保障期間(使用者は原則として解約できないが、労働者はいつでも解約できる期間)であることが明らかな場合には労働基準法一四条に違反するものではないと解される。したがって、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約においては期間が一年経過した時点において江崎学長が原告を再雇用しないことは原則としてはできないが、原告には右の時点において退職の自由が保障されているのであって、労働基準法一四条に違反するものではない。

(2) 江崎学長が原告との間で締結した雇用契約が労基法三条にいう差別的な取扱いに該当するといえるためには、外国人である原告を筑波大学における同種の日本人労働者すなわち日本人教員と比較して労働条件につき不利に扱ったといえなければならないところ、<1>国家公務員法二条七項に基づき雇用される外国人教師は人事院規則一-七第二項に定める場合に限り雇用されるのであって、他の日本人教員と単純に比較して同種労働者ということはできないこと、<2>外国人教師に対しては一般の教員より高い水準で給与が定められていること、<3>国立大学に勤務しようとする外国人は国立又は公立の大学における外国人教員の任用等に関する特別措置法(以下「外国人教員任用法」という。)により外国人教員として勤務する途もあること、<4>非定住外国人の採用には短期間の契約制の方が有利である場合も少なくないこと、<5>日本人教員であっても一定の場合には任期を定めた採用がされる場合があること、<6>外国人教師の雇用契約についてはあらかじめ法令、通達などに基づき勤務条件、給与体系、雇用期間などが明示されており、原告はこれを承諾して外国人教師として採用されていること、以上<1>ないし<6>の諸事情を総合すれば、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約が労基法三条にいう差別的な取扱いに該当しないことは明らかである。

(3) 外国人教師は、一般職又は特別職のいずれにも属さない公務員であり、国家公務員法二条七項を根拠として締結されるところの雇用契約により公務に従事することがその職務内容となっており、国家公務員法一六条一項及び二項に基づく人事院規則及びこれを受けた各種通知による種々の公法的規制を受けて、この種の契約が締結できる場合が限定されているばかりか、その勤務条件が明定され、通常の国家公務員に準じて俸給表等が定められていること、契約書の書式が示され、雇用期間が明示されていることにかんがみると、特段の事情のない限り、解雇権濫用の法理などの私法法規が類推適用される余地はないと解すべきである。

そして、本件において特段の事情があるかどうかを検討するに、<1>江崎学長が原告との間で締結した雇用契約については単年度ごとの契約が三回更新されたにすぎず、いずれもその際には雇用期間を一年とする契約書が作成されていること、<2>原告の主張に係る原告の採用時における洲崎外国語センター長の言動は、原告に対し雇用が継続されることの法律上の期待権を生じさせるものとは言い難い上、次の<5>に述べるような筑波大学における外国人教師の任期制の厳格な運用の実態を知っている洲崎が原告の主張に係る発言をしたとは到底考えられないし、洲崎は原告の採用当時は外国語センター長ではなかったのであり、そのような発言をする権限もなかったのであるから、原告の主張に係る洲崎の発言があったとはおよそ認められないこと、<3>平成八年の雇用更新の際にセンター運営委員会及び人事委員会において原告の研究業績不足が指摘されたのであり、右の指摘から平成九年七月に外国語センターの運営委員会が開かれるまでの間の原告の研究業績は平成八年二月に外国語センターから公表された「ドイツ語検定開発プロジェクト中間報告書」の中に掲載された原告執筆の報告のみであることからすれば、原告としても平成一〇年の雇用更新の際に原告の研究業績の不足が問題にされ、雇用されない事態が生ずることは十分予想される状況にあったというべきであること、<4>筑波大学における外国人教師の通算在職年数は平均四年を下回っていること、<5>筑波大学に勤務する外国人教師の雇用更新については、各組織においてその都度当該外国人教師の新規採用を発議した者が当該外国人教師の教育、研究上の実績を十分検討し、当該外国人教師の意思を確認の上、毎年一〇月以降に筑波大学の人事委員会委員長あてに雇用更新に値することを証する審査資料(教育実績、研究業績、当該教育組織の長及び同僚からの推薦書)を付して「外国人教師雇用更新資格審査依頼書」を提出して雇用更新の資格審査を依頼し、審査依頼書が提出されると、人事委員会はレフェリー三名を選定し、文書で意見を聴取する。雇用更新の審査は人事委員会の下に設置された外国人教師雇用資格審査委員会において行い、最終的には人事委員会において雇用更新資格審査委員会の審査報告をもとに審議し結論を出すことになっており、また、筑波大学においては、各教育組織は、外国人教師候補者となるべき者について、教育上の資質、能力や研究業績等において予備的審査をした上で、教育審議会に教育計画を提出することとされているため、各教育組織は教育審議会に教育計画を提出する前に外国人教師候補者となるべき者を選定し、当該外国人教師について雇用更新をするかどうかを決定していた。そして、雇用更新をしないと決定した者に対しては、他に就職先を探すことも必要となるので、その旨を知らせることが慣例となっており、毎年九月に開かれる教育審議会において外国人教師候補者となるべき者を記載した教育計画が承認されると、前記のとおり人事委員会に当該外国人教師候補者となるべき者について前記依頼書を提出して雇用更新の資格審査を依頼することとされていたのであって、以上のような雇用更新の手続によれば、江崎学長が外国人教師である原告との間で締結した雇用契約においては、実質的にも江崎学長、原告のいずれかから格別の意思表示がない限り当然更新されるべき契約を締結する意思は江崎学長にも、原告にも存しないというべきであること、以上の<1>ないし<5>の諸事情を総合すれば、前記特段の事情は認められないというべきである。

2  被告が平成一〇年三月三一日の経過によって江崎学長が原告との間で締結した雇用契約の契約期間が満了しておりその雇用契約が終了したものとして取り扱っていること(右の被告の取扱いを以下「本件雇止め」という。)は権利の濫用に当たり又は信義則に違反して無効であるか。

(一) 原告の主張

(1) 本件雇止めに至る経過について

原告は平成八年四月二日心臓発作を起こして緊急手術を行ったが、同年五月に毛状性白血病にり患していることが判明した。筑波大学の外国語センター長であった洲崎は原告の雇用の継続を実質的に決定する立場にある者であったが、平成九年六月原告がり患していた病気に関する情報を原告の主治医から聞き出した洲崎は平成一〇年四月に予定されていた原告の四回目の更新を行わないことを企て、同月一九日に開かれたドイツ語検定開発プロジェクト準備委員会に出席した教員が洲崎を除き全員一致で外国語センター運営委員会に対し原告の雇用契約の更新を推薦することにしたにもかかわらず、洲崎は外国語センター運営委員会に対し原告の雇用契約の更新を提案せず、洲崎及び上田耕二(以下「上田」という。)は同年七月九日原告に対し雇用契約を更新しないことを伝え、洲崎、上田及び井上修一は同月一〇日原告及びその夫である小林勝に対し雇用契約を更新しないことを伝えた。その後原告代理人らが雇用契約の更新をしない理由について回答を求めたところ、江崎学長は最終的に本件通知を出すに至った。

(2) 解雇権の濫用について

洲崎は、原告がり患していた病気に関する情報を原告の了解も得ずに原告の主治医から収集した(当然のことながらこれは違法な行為である。)上、その情報に基づいて原告がり患していた白血病は再発したものであり、再発した白血病にり患しているという原告の健康状態では外国人教師としての勤務に不安があると判断して江崎学長が原告との間で締結した雇用契約を更新しないことにしたのである。しかし、原告がり患していた白血病は再発したものではなく、また、原告がポーランド共和国のルブリン医科大学で受けた治療によって原告がり患していた毛状性白血病は完治し予後は順調で筑波大学における職務の遂行には何らの支障もなかったのであり、そのことは原告が洲崎に対し再三指摘したことである。洲崎は、原告の雇用契約の継続を実質的に決定する立場にあったことにかんがみ、原告の雇用契約の継続の適否を判断する上で問題があると判断する場合には真実の情報を誠実に収集、調査する義務を負うものというべきであるにもかかわらず、原告が誤りを指摘しても一向にこれを是正しようとせず、誤った予断のまま原告の雇用を中止するという判断をし、本件通知をするに至ったのである。

したがって、本件通知は誤解と偏見に基づく解雇、病気による差別を理由とする解雇であって無効である。

(3) 期待権侵害による更新拒絶について

本件の外国人教師の場合のように特段の理由がない限り雇用契約が更新されるという場合には、被用者は期間満了時も期間満了後も引き続き雇用されることを合理的に期待しうるのであるところ、前記のとおり本件通知は右の期待に反するような誤解や偏見に基づく差別的な更新拒絶の意思表示であって、信義則上許されず無効である。

(4) 更新拒絶権の濫用について

本件通知は病気を理由とし誤解と偏見に基づく差別的な取扱いによるものであり、更新拒絶権の濫用を構成するものというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 本件雇止めに至る経過について

原告は平成八年四月二日心臓発作を起こして緊急手術を行ったが、同年五月に毛状性白血病にり患していることが判明したこと、洲崎が平成九年六月原告がり患していた病気に関する情報を原告の主治医から聞いたことは認め、筑波大学の外国語センター長であった洲崎が原告の雇用契約の継続を実質的に決定する立場にある者であったこと、洲崎が平成一〇年四月に予定されていた原告の四回目の更新を行わないことを企て、同月一九日に開かれたドイツ語検定開発プロジェクト準備委員会に出席した教員が洲崎を除き全員一致で外国語センター運営委員会に対し原告の雇用契約の更新を推薦することにしたこと、洲崎が外国語センター運営委員会に対し原告の雇用契約の更新を提案しなかったことは否認する。洲崎と上田は外国語センター運営委員会の決定を受けて同年七月九日原告に対し雇用契約を更新しないことを伝え、洲崎と上田は同月一〇日原告及びその夫に対し雇用契約を更新しないことを伝えたにすぎない。

(2) 解雇権の濫用について

江崎学長が原告との間で締結した雇用契約に解雇権の濫用法理が類推適用されないことは前記のとおりであり、原告の主張はその前提を欠いている。

(3) 期待権侵害による更新拒絶及び更新拒絶権の濫用について

筑波大学長が外国人教師との間で締結する雇用契約は特段の理由がない限り更新されると主張するが、筑波大学長が外国人教師との間で締結する雇用契約は、期間の定めのある賃貸借契約などとは異なり、期間が満了しても、更新拒絶又は異議を述べない限り、新たな雇用契約の成立が擬制されるというわけではないのであるから、仮に江崎学長が原告との間で締結した雇用契約を更新しないことが何らかの条項に反したとしても、その効果として江崎学長が原告の申込みに対して承諾する意思表示をしたことが擬制されるわけではない。また、江崎学長が原告の間で締結した雇用契約を更新しなかったのは、原告の病気に対する誤解と偏見によるのではなく、原告の研究不足のためである。したがって、いずれにせよ、右の原告の主張は失当である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(江崎学長が原告との間で締結した雇用契約には解雇権の濫用法理が適用又は類推適用されるか。)について

1  政府又はその機関が国家公務員法二条七項に基づいて外国人教師との間で締結した契約の法的性質について

大日本帝国憲法の下において国家事務に従事していた者としては官吏、雇員、傭人などがあり、雇員及び傭人は民法上の雇用関係を通じて国に雇用されていた者であるが、日本国憲法の下においてはこれらの区別をすべて撤廃した上で、国家公務員法二条六項は一般職又は特別職以外の勤務者を置かないこととしていること、ある者を一般職に就かせるには国家公務員法において定められた任用という方法(例えば、国家公務員法三五条、人事院規則八-一二第六条など)によることとされ、ある者を特別職に就かせるにはその特別職について定めた日本国憲法又は法律において定められた任命又は任用という方法(例えば、内閣総理大臣については日本国憲法六条一項で定められた任命という方法、人事官については国家公務員法五条一項で定められた任命という方法など)によることとされていて、一般職にしろ、特別職にしろ、民法上の雇用関係を通じて国に雇用されるという方法を採っていないことに照らせば、国家公務員法二条六項は民法上の雇用関係を通じて国に雇用される勤務者を置かないことを明らかにした規定であると解される。

そうすると、国家公務員法二条七項は、その条文としての規定の仕方からすれば、同条六項の例外規定として設けられた規定であると考えられるから、国家公務員法は二条七項に定めた場合に限っては民法上の雇用関係を通じて国に雇用される勤務者を置くことを許したものと解される。

そして、国立学校設置法施行規則三〇条の三第一項は、国立大学又は国立短期大学の学長は国家公務員法二条七項に規定する勤務の契約により外国人を教授又は研究に従事させることができると規定し、同条二項は、国立大学又は国立短期大学の学長が国家公務員法二条七項に規定する勤務の契約により外国人を教授又は研究に従事させることに関し必要な事項については別に文部大臣が定めると規定し、これを受けて文部事務次官が昭和四四年四月一六日各国立大学長あてに発した通知は、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約の内容を定めている(前記第二の二2)が、右の通知において定められた契約の文言や内容によれば、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約は民法上の雇用契約として締結されているものと考えられること、公務員の勤務関係の法的性質については、最高裁昭和四九年七月一九日第二小法廷判決(民集二八巻五号八九七ページ)が、現業公務員は一般職の国家公務員として国の行政機関に勤務する者であり、しかも、その勤務関係の根幹をなす任用、分限、懲戒、服務などについては国家公務員法及びそれに基づく人事院規則の詳細な規定がほぼ全面的に適用されているなどの点を考えると、その勤務関係は基本的には公法的規律に服する公法上の関係であるといわざるを得ないと述べているところ、国家公務員法二条四項は、この法律の規定は一般職に属するすべての職にこれを適用すると定めているが、同条七項が同条六項の例外規定であるとすれば、同条七項に基づいて政府又はその機関と契約を締結する外国人は同条六項にいう一般職又は特別職以外の勤務者に当たるから、同条七項に基づいて政府又はその機関と契約を締結する外国人には、一般職の職員に適用されるべき国家公務員法の規定及びそれに基づく人事院規則の詳細な規定は全く又はほとんど適用されないことになるのであって、そうすると、同条七項に基づいて雇用された外国人の勤務関係が公法的規律に服する公法上の関係であるとはいい難いこと、外国人教員任用法が昭和五七年に制定されたが、同法四条は同法二条一項(外国人の国立又は公立の大学の教授等への任用等についての規定)及び同法三条一項(外国人の大学共同利用機関等の職員への任用等についての規定)は国立の大学及び同項に規定する機関において国家公務員法二条七項に規定する勤務の契約により教育又は研究に従事する外国人を採用することを妨げるものではないと規定して、外国人教員任用法による外国人教員の採用とは別に従来からの外国人教師の制度を併存させておくこととしているが、その理由の一つとして、国家公務員法二条七項に基づく外国人教師の採用の制度がいわば私的な契約制によるものであることから、期間や給与その他の条件について大学における教育研究上の必要に即して弾力的に対応しうることが挙げられていること(弁論の全趣旨)、以上の点によれば、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約は民法上の雇用契約であると解するのが相当である。

2  政府又はその機関が国家公務員法二条七項に基づいて外国人教師との間で締結した契約に労働基準法は適用されるか。

一般職の職員については、原則として国家公務員法附則一六条により労働基準法の適用が除外され、国家公務員法の一部を改正する法律(昭和二三年一二月三日法律第二二二号)第一次改正法律附則三条により、別に法律が制定実施されるまでの間、国家公務員法の精神に抵触せず、かつ、同法に基づく法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において労働基準法及びこれに基づく命令の規定を準用することとされているが、国家公務員法二条七項に基づいて政府又はその機関と契約を締結する外国人は一般職又は特別職以外の勤務者であるから、そもそも国家公務員法附則一六条の適用がなく、労働基準法及びこれに基づく命令が適用される。

3  江崎学長が原告との間で締結した雇用契約における期間の定めの効力について

(一) 江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は労基法一四条に違反するか。

江崎学長は原告の招へい期間を平成六年四月一日から平成八年三月三一日までとして原告を招へいしたこと、江崎学長は原告の招へい期間をさらに二年間延長したこと、江崎学長は原告をドイツ語担当の外国人教師として雇用するために原告との間で雇用契約を締結したが、その契約期間は一年とされており、四回にわたり契約の締結を繰り返したことは、前記第二の二3ないし8のとおりである。

江崎学長が原告との間で雇用契約を一年ごとに締結していたのは、財政法一二条が「各会計年度における経費は、その年度の歳入をもって、これを支弁しなければならない。」と規定し、同法四二条本文が「毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、これを翌年度において使用することができない。」と規定していて、国の会計原則として予算の経費の年度間の融通を禁止した会計年度独立の原則が採用されており、そのため、会計法上の制約として、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結する雇用契約は会計年度ごとに締結しなければならないとされていることによるのである(例えば、支出負担行為(会計法一〇条、一一条)については、継続費(財政法一四条の二)や繰越明許費(同法一四条の三)のように単一会計年度にその支出が終わらない見込みのあるもの、国庫債務負担行為(同法一五条一項、三項)のように複数の会計年度にわたって債務を負担するものを除いては、単一会計年度にその支出を終えることが原則とされ、また、契約(会計法二九条)については電気、ガス若しくは水の供給又は電気通信役務の提供を受ける契約を締結する場合(同法二九条の一二)を除いては、単一会計年度に役務の提供を受けることが原則とされている。)が、そうであるとすると、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約として原、被告を法的に拘束し、原、被告間に雇用関係を成立させるのは、江崎学長と原告が会計法上の制約から一年ごとに締結を繰り返している契約の方であって、江崎学長が原告との間でした招へい期間を二年として原告を外国人教師として招へいすることの合意は、江崎学長と原告が会計法上の制約から一年ごとに締結を繰り返している契約の前提であり、その合意は右の契約に基づいて成立する原、被告間の雇用関係を規律するものというべきであって、例えば、江崎学長は、この合意に基づいて、この合意で定められた招へい期間が満了する以前においては会計法上の制約から一年ごとに締結を繰り返している契約に定められた契約期間の満了という理由だけでは新たな契約の締結を拒否することができないという債務を負担しているものと考えられる(したがって、招へい期間は、使用者は原則としてその間は雇用契約を解約できないという意味において、身分保証期間ということができる。)が、そうであるからといって、この合意が江崎学長が原告との間で締結した雇用契約として原、被告を拘束し、原、被告間に雇用関係を成立させるものということはできないと解される。

そうすると、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約の契約期間はあくまでも一年であって、原告の招へい期間である二年をもって江崎学長が原告との間で締結した雇用契約の契約期間であるということはできない。江崎学長が原告との間で締結した雇用契約が労基法一四条に反するということはできない。

これに対し、被告は、その主張からすると、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約の契約期間が実質的には二年であり、会計法上の制約から一年ごとに契約を締結していることを認めているもののように考えられないでもないが、仮に被告がそのように考えていたとしても、そのことは右の判断を左右するものではない。

したがって、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約の契約期間が二年であることを前提にその雇用契約が労基法一四条に違反しているという原告の主張は、採用できない。

(二) 江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は労基法三条に違反するか。

国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約は一年を超えない契約期間を定める契約であるとされ、期間を定めない契約を締結することが全く予定されていないことは、前記第二の二2から明らかである。

しかし、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約は一年を超えない契約期間を定める契約であるとされ、期間を定めない契約を締結することが全く予定されていないのは、国の会計原則として会計年度独立の原則が採用されているため、会計法上の制約として、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結する雇用契約は会計年度ごとに締結しなければならないとされていることによるのであり、そうであるとすると、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人を教授又は研究に従事させるために当該外国人と締結する契約は一年を超えない契約期間を定める契約であるとされ、期間を定めない契約を締結することが全く予定されていないことが、労基法三条で禁止された国籍に基づく労働条件の差別に該当するということはできない。原告が指摘するように雇止めに当たって筑波大学長に男女差別や人種差別などおよそ公序良俗に反することが明らかな意図や理由があっても、期限付契約であるということを理由にその意図や理由は全く司法審査を免れてしまうという点があることは否定できないが、そのことは右の判断を左右するものではない。

したがって、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は労基法三条に違反し期間の定めの部分が民法九〇条の公序良俗に違反して無効とされ労基法九三条、労働組合法一六条の類推適用により期間の定めのない契約となっているという原告の主張は、採用できない。

4  江崎学長が原告との間で締結した雇用契約には解雇権の濫用法理が類推適用されるか。

(一) 期間の定めのある労働契約において労働者が当該労働契約で定められた契約期間の満了後も雇用関係の継続を期待することに合理性があると認められる場合には、そのような契約当事者間における信義則を媒介として、契約期間の満了後の新たな労働契約の締結拒否(雇止め)について解雇に関する法理を類推すべきであると解される(前掲の最高裁昭和四九年七月二二日第一小法廷判決は右の観点から雇止めについて解雇の法理を類推適用したものと解される。)。したがって、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結する雇用契約の満了後の新契約の締結拒否について解雇権の濫用法理が類推適用されるといえるためには、当該外国人教師が雇用契約で定めた契約期間の満了後も雇用契約に基づいて成立した雇用関係の継続を期待することに合理性があると認められなければならない。

ところで、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で締結した雇用契約の契約期間の満了後の新たな雇用契約の締結拒否について解雇権の濫用法理が類推適用されるというのは、要するに、雇用契約で定められた契約期間が満了したにもかかわらず、当該雇用契約の効力が失効しないことを前提としているわけであるが、国の会計原則として会計年度独立の原則が採用されているため、会計法上の制約として、本来国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で締結する雇用契約は会計年度ごとに締結しなければならないとされていることは前記認定、説示のとおりであり、そうすると、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で雇用契約を締結する場合には、一年を超えない契約期間を定めた契約しか締結できないのであり、そもそも一年を超える契約期間を定める契約や契約期間の定めのない契約を締結することはできないのである。ところで、日本国憲法八六条は「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。」と定めて、予算は一会計年度ごとに作成され、その会計年度に限り効力を有するのを原則とすることを明らかにしており、同法五二条が「国会の常会は、毎年一回これを招(ママ)集する。」と定め、同法九〇条一項が「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査」すると定めていることからすれば、日本国憲法は会計年度を一年とすることを予定しているものと解され、したがって、日本国憲法は、予算は期間を一年間とする会計年度限りで効力を有するという原則を採っているものと解されるところ、この原則は国会による財政の統制(日本国憲法八三条)を実効あらしめるための重要な原則であると考えられ、そこで、財政法は、国の会計原則として予算の経費の年度間の融通を禁止した会計年度独立の原則を採用したのであって、そうであるとすると、仮に国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で一年を超える契約期間を定めた雇用契約や期間の定めのない雇用契約を締結したとしても、その雇用契約は無効であると解されるから、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で締結する雇用契約で定めた契約期間が一年である場合には、契約期間が満了したにもかかわらず、当該雇用契約の効力が失効しないという事態をそもそも観念することができないものと考えられ(もっとも国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師との間で締結する雇用契約が継続費や繰越明許費や国庫債務負担行為といった支出負担行為としてされたというのであれば、右とは異なる結論となることも考えられないでもないが、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結する雇用契約が継続費や繰越明許費や国庫債務負担行為といった支出負担行為としてされたことを認めるに足りる証拠はない。)、そうすると、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結した雇用契約の満了後の新たな雇用契約の締結拒否について、その雇用契約で定めた契約期間が一年である限りは、そもそも解雇権の濫用法理を類推適用することはできないということになる。

ただ、国立大学又は国立短期大学の学長は、外国人教師との間で、雇用契約とは別に、二年を限度とする招へい期間を定めて外国人教師を招へいする旨の合意(以下「招へいの合意」という。)をしている(前記第二の二2)ところ、この招へいの合意は、国立大学又は国立短期大学の学長が当該外国人教師との間で締結した雇用契約として国立大学又は国立短期大学の学長及び外国人教師を法的に拘束し、国立大学又は国立短期大学の学長と外国人教師との間に雇用関係を成立させるものとはいえないものの、少なくとも国立大学又は国立短期大学の学長は、この招へいの合意によって、招へいの合意で定められた招へい期間が満了するまでは雇用契約に定められた契約期間の満了という理由だけでは新たな雇用契約の締結を拒否することができないという債務を負担しているということはできるものと考えられるのであり、国立大学又は国立短期大学の学長が右の債務を負っていることを前提に、例えば、国立大学又は国立短期大学の学長が、招へいの合意で定められた招へい期間が経過する前に、雇用契約に定められた契約期間の満了という理由によって新たな雇用契約の締結を拒否しようとするのに対し、外国人教師が新たな雇用契約の締結を申し込んだ場合に、外国人教師の申込みに係る雇用契約の内容が契約期間の満了により終了した雇用契約と同じである限りは、外国人教師の申込みによって申込みに係る雇用契約が成立することが認められるというのであれば、国立大学又は国立短期大学の学長が雇用契約に定められた契約期間の満了という理由によって新たな雇用契約の締結を拒否したとしても、契約期間の満了により終了したはずの雇用契約がなお存続しているといい得る余地がないではないということになる。

したがって、国立大学又は国立短期大学の学長が外国人教師と締結した雇用契約の満了後の新たな雇用契約の締結拒否について解雇権の濫用法理を類推適用することができないとしても、右に説示したような見解が採用できるのなら、契約期間の満了により終了したはずの雇用契約がなお存続しているといい得る余地がないではない。

(二) 本件において、江崎学長が原告との間で締結した本件四回目の契約で定めた契約期間の満了後の新たな雇用契約の締結を拒否したとしても、解雇権の濫用法理を類推適用することができないことは、右(一)で説示したとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、解雇権の濫用法理を類推適用することができることを前提とする原告の主張は採用できない。

また、原告が招へい期間を二年とする江崎学長の招へいに応じて外国語センターに所属する外国人教師になることにし、その後、江崎学長が原告の招へい期間をさらに二年間延長することにし、その旨を原告に申し入れ、原告がこれに応じることにした(前記第二の二3、4及び6)のであるが、延長された原告の招へい期間は平成八年四月一日から平成一〇年三月三一日までであり(前記第二の二6)、本件四回目の契約に係る雇用期間は平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までである(前記第二の二8)から、仮に右(一)で説示したような見解が採用できたとしても、本件四回目の契約に係る雇用期間の終期である平成一〇年三月三一日が経過した後に、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約がなお存続している余地はないというべきである。

(三) 以上によれば、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は平成一〇年三月三一日の経過をもって失効したというべきである。

二  争点2(本件雇止めは権利の濫用に当たり又は信義則に違反して無効であるか。)について

1  解雇権の濫用について

江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は本件四回目の契約で定めた契約期間の終期である平成一〇年三月三一日の経過をもって失効したのであり、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約に解雇権の濫用法理を類推適用する余地はないのであるから、本件通知が解雇の意思表示に当たると解する余地はなく、したがって、本件通知を解雇の意思表示に当たると解してそれが解雇権の濫用に当たるという原告の主張は、その前提を欠いており、採用できない。

2  期待権侵害による更新拒絶及び更新拒絶権の濫用について

原告の主張は、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は特段の理由がない限り更新されることを前提としているが、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は民法上の雇用契約であるから、期間の定めのある賃貸借契約などとは異なり、雇用契約で定められた契約期間が満了しても、更新拒絶又は異議を述べない限り、新たな雇用契約の成立が擬制されるというわけではないのであり、したがって、何らの法的な根拠もなしに、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約は特段の理由がない限り更新されるということはできないところ、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約に解雇権の濫用法理を類推適用することができないことは前記説示のとおりであり、他に江崎学長が原告との間で締結した雇用契約が特段の理由がない限り更新されることについて法的な根拠を見出すことはできない。

したがって、江崎学長が原告との間で締結した雇用契約が特段の理由がない限り更新されるということはできないのであり、そうすると、期待権侵害による更新拒絶及び更新拒絶権の濫用についての原告の主張は、その前提を欠いており、採用できない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官 鈴木正紀)

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